柄谷行人を解体する

批評家・柄谷行人を―カント、マルクスを視軸にして―読む

琉球は半独立国で、清国の冊封国でした。

渡辺惣樹氏は支那と書くが1954年生まれ。19世紀前半、日本人を見たアメリカ人は日本人が中国人より優れ、将来性があると感じたという。


渡辺惣樹『日米衝突の根源 1858-1908』(草思社

 (明治)天皇が憂慮していたもう一つの問題は、琉球の帰属問題でした。清国から仲裁を要請されて以来、グラント(将軍)はこの問題を研究しています。琉球は半独立国で、清国の冊封国でした。しかし調べてみると、清国はこの島を実効支配したことはないのです。国王も島民も漢民族ではありません。日本はこの年、琉球沖縄県として編入しています。グラントは両国が戦えば日本が簡単に勝つことを見抜いていました。