町田の109ではない
又神が天の戸を開いたと言ふ時に、それは多量の雨が降つたことを意味するに外ならない。
記紀神話の天の岩戸のエピソードは、
天照大神が岩戸に籠もって世界が暗くなり
困った他の神々が岩戸の外で踊ると(雨乞いとは逆である)、
天照大神が岩戸から出てきて
再び世界が明るくなったというものだ。
農耕=稲作が開始された後、雨が多い日本では
晴天を願う事が多かったのかもしれない。
卑弥呼=天照大神と考える安本美典氏は、
3世紀頃、九州に起きた日蝕と結びつける。
聖徳太子の厩戸のエピソードに、当時既に中国に伝えられていた
キリスト教(景教)の影響があるという説もある。
神が山に降臨したという神話も旧約聖書と共通しているが、
キリスト教が影響したというより
記紀の編者がニニギノミコトや聖徳太子を
聖書の登場人物として描いた、とは考えられないか。
九州の古墳は、畿内より古いとはいえず
神武誕生を裏付ける事はできないようだ。
しかし、高千穂は神楽の発祥地だという。