この式部の丞といふ人の、童にて書読み侍りしとき、聞きならひつつ、かの人は遅う読みとり、忘るるところをも、あやしきまでぞさとく侍りしかば、書に心入れたる親は、「口惜しう。男子にて持たらぬこそ、幸なかりけれ」とぞ、常になげかれ侍りし。
(松村誠一・現代語訳)
私の家の式部の丞という人が、まだ子どもで漢籍を読んでいましたとき、私はいつもそれを聞いているのが習慣になって、あの人は暗誦が遅かったり、忘れたりする箇所でも、私は不思議なほど早く覚えましたので、漢籍に熱心だった父親は、「残念だ。この娘が男の子でないのは、幸せがなかったのだ」と、いつも嘆いておいででした。
『蜻蛉日記・和泉式部日記 紫式部日記・更級日記』(尚学図書)