柄谷行人を解体する

批評家・柄谷行人を―カント、マルクスを視軸にして―読む

センター試験に岩井克人

ジェラール・ジュネット『フィギュール』(平岡篤頼・松岡芳隆訳、未來社)

 ロマーン・ヤーコブソンは、文学的想像力もあらゆる言説(パロール)と同様、類似的固体間の選択と、隣接的固体間の結合という、二つの根本的かつ相補的な機能に訴えるものだということを示した。

 「真の詩人の真の条件とは、夢の状態からもっともはっきり区別されたもののなかにある」とヴァレリーは言ったが、この一句は、誰にもましてマラルメにぴったり当てはまるかもしれない。

 文学的《生産》は、ソシュール的な意味でのパロール、つまり、部分的に自律していて予測不可能な、一連の個人的行為である。

 周知の通り、最初に意味作用の一般科学という着想を抱いたのは言語学者フェルディナン・ド・ソシュールであって、彼によれば、言語学もその特殊なケースにすぎなくなるようなその科学とは、「社会生活のさなかにおける記号の生を研究するような科学」、「記号がなにから成り立ち、どんな法則がそれらを支配するか」をわれわれに教える科学であって、ソシュールはそれを記号学セミオロジー)と命名するよう提案した。

 記号を分析し、それを構成する要素を区別して、一方に記号表現(シニフィアン)、他方に記号内容(シニフィエ)を置く――ソシュールにあってはたんなるテクニックというか、方法論的しきたりだったこの活動が、バルトにあってはなにか苦行の道具と救いの手がかりのようなものとなる。


中島一夫『収容所文学論』(論創社

I
媒介と責任――石原吉郎コミュニズム
疲労の報酬
嫉妬と民主主義
プロレタリアートはどこへ行ったのか――パゾリーニの暴力
踏切りを越えて――志賀直哉の”幼女誘拐”
柄谷行人フーコー
隣接に向かう批評――絓秀実の”六八年”

II
空虚と反復――村上春樹の資本主義
汚辱に塗れた人々の生――阿部和重シンセミア』を読む
グランド・フィナーレ』を少女愛抜きで!
社会学化した現在――中村文則『銃』を読む
滅びようと望む人間たちの向かう先には
新日本零年――星野智幸『無間道』を読む

III
90年代批評とは何だったのか――柄谷行人と批評の空間
転向の現在と批評――「自分探しの旅」を降りるための必読批評10
文芸批評批判序説


中島一夫『収容所文学論』(論創社

 貨幣がはじめから貨幣でないのと同様に、固有名ははじめから固有名なのではない。それらは商品や人間の単独性を認識した他者との交換を通して、はじめて貨幣や固有名となるのだ。その意味で固有名の問題を「われわれがあるもの(固体)の「顔」、すなわち単独性を意識するとき、それを固有名で呼ぶ」(『探究II』)というように「呼ぶ」という交換のレベルで考察した柄谷行人の議論はやはり正鵠を射ていると言わなければならない。

 したがって第一形態の非対称的な「交換」関係を「整体」することで導かれる、近年の柄谷によるアソシエーション理論(『トランスクリティーク』参照)が、かつての平田清明による市民社会論の「個体的所有」と近似しているとしても、何ら不思議はない。

 柄谷行人『探究I』(一九八六年)

 柄谷の批評の特異性は、何よりマルクス資本論』の、それもとりわけ冒頭の「価値形態論」をクローズアップしたことにあった。『マルクスその可能性の中心』で切り開かれたその視角は、まだそれ以前の宇野弘蔵の価値論(価値形態論を「シニフィアンの論理」(ラカン)として読み替えた)を脱してはいなかったものの、本書では「価値形態論」のさらなる読みかえを行い、本人曰く「クーデター」を引き起こしていくことになる。
 価値形態論の第一ステージ「単純なる価値形態」における商品aとbとの「交換」に、等価交換ではなく根源的な「非対称性」を見ること。
 すなわち「交換」においては、両者の立場は互いに規則(等価)を前提しない「他者」であり、したがって「交換」とは、両者の間にまたがる崖を、一回一回の「命がけの飛躍」によって乗り越える行為である。その後の『トランスクリティーク』を経て『世界共和国へ』と向かう国家と資本とをともに止揚する試みは、根本的にはこの「交換」に対する認識の延長上にある。


ねじまき鳥クロニクル』だったのか。確かに読んだ。
ノルウェイの森』は病室のフェラチオの場面しか覚えていない。


村上春樹ねじまき鳥クロニクル

 すべては輪のように繫がり、その輪の中心にあるのは戦前の満洲であり、中国大陸であり、昭和十四年のノモンハンでの戦争だった。

 しかし、僕が興味を持ったのは、綿谷ノボルの伯父がかつて陸軍参謀本部に勤務したテクノクラートであり、満洲国やノモンハンでの戦争に関係していたという事実だった。


柄谷行人村上春樹を意識して
田中克彦の『ノモンハン戦争』を書評したのか、
いや田中克彦こそ村上春樹を意識したのかと思った。

中島一夫によれば、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』は
柄谷行人の60/120年周期説に触発されて書かれたという。