柄谷行人を解体する

批評家・柄谷行人を―カント、マルクスを視軸にして―読む

基本的な指導概念、永続革命

基本的な指導概念が間違っていたのだろうか。
マルクスマルクス主義者ではないそうだが。


マルクスエンゲルス全集 第7巻』(大月書店)

序文(村田陽一訳)

 マルクス主義創始者たちが『中央委員会の同盟員への呼びかけ』のなかで定式化した基本的な指導理念、それは永続革命である。永続革命の学説の出発点となる命題は、一八四八―一八四九年の『新ライン新聞』にのったマルクスエンゲルスのいくつかの論文にすでにふくまれており、またこの巻にすでにふくまれており、またこの巻におさめられた彼らのいくつかの著作、とりわけ『フランスにおける階級闘争』のなかで発展させられていた。この命題は、『中央委員会の同盟員への呼びかけ』のなかでもっとも全面的な定式化を与えられている。マルクスエンゲルスはこの文書で次のように書いている。小ブルジョア民主主義者が革命の範囲をささやかなブルジョア的改良の獲得に制限して、革命をできるだけすみやかに終わらせたいと望んでいるのにたいして、プロレタリア党がめざすのは、「多少とも財産を所有するすべての階級が支配的地位から追いのけられ、プロレタリアートが国家権力を掌握し、一国だけでなく全世界のすべての主要国のプロレタリアの結合がいちじるしくすすんで、その結果、これらの国々でプロレタリアどうしの競争がやみ、すくなくとも決定的な生産力がプロレタリアの手に集中されるまで、革命を永続させることである。われわれにとって必要なのは、私的所有を変更することではなくてまさにそれを廃絶することであり、階級対立をごまかすことではなくて階級を廃止することであり、現存の社会を改善することではなくて新しい社会を建設することである」(本書、二四七―二四八ページを参照)。永続革命の勝利を確保するために、労働者は、新しい公式の諸政府と並行して、自治機関のかたちであれ、労働者クラグや労働者委員会のかたちであれ、「独自の革命的な労働者諸政府」をうちたてなければならない。労働者は、ブルジョア民主主義的諸政府を労働者大衆の監督のもとにおかなければならない、と。マルクスエンゲルスは、労働者を武装し、独自のプロレタリア警備軍を組織することが、革命をさらに発展させるための必要な条件であるとみなした。
 新しい歴史的諸条件のもとで、帝国主義とプロレタリア革命の時代に、レーニンマルクスの永続革命の学説を発展させて、ブルジョア民主主義革命のプロレタリア革命への成長転化の理論とし、ロシアやその他の国々の労働者階級の闘争の経験にもとづいて、新しい社会主義革命の理論をつくりあげた。はじめは一国だけでも社会主義は勝利できるというレーニンの理論とたたかう目的でマルクスの永続革命の学説をねじまげたトロツキストを、ソヴェト連邦共産党に粉砕して、レーニン社会主義革命の理論を守りぬいた。

はじめの二回の国際評論では、経済恐慌がまもなくやってくるであろうし、それに関連して新しい革命的高揚が起こるであろうという期待がまだうかがわれるが、最後の評論(一八五〇年五―一〇月)では、マルクスエンゲルスは、資本主義諸国は産業の繁栄の時期にはいった、したがって、さしあたって革命運動の新しい高揚は問題にならない、とはっきり言明している。「新しい革命は新しい恐慌につづいてのみ起こりうる」(本書、四四〇ページを参照)。

 ソヴェト連邦共産党中央委員会付属
 マルクスレーニン主義研究所


19世紀のヨーロッパでは以下の階級社会が存在しているという事らしい。
現在のように労働者が民主主義者である訳ではない。

1、王=国家
2、官僚、中間階級=民主主義を主張
3、労働者


『新ライン新聞』 一八四八年六月一日
『新ライン新聞』 第二四号 一八四八年六月二四日
憲法草案・ドイツ語訳」
『新ライン新聞』 一八四八年六月二九日
『新ライン新聞』 発行停止 一八四八年九月二六日
『新ライン新聞』 第一七四号 一八四八年一二月二一日
フェルディナント・ヴォルフ「パリ通信」
『新ライン新聞』 第一七七号
「一二月二一日付 フランクフルト・アム・マイン発 通信」
『新ライン新聞』 第二〇九号 一八四九年一月三一日
「一八四九年一月二七日 宣言」
『新ライン新聞』 第一一〇号 第二版 一八四九年五月九日
「一八四九年五月八日 ケルン ライン市町村議員会議 決議」
『新ライン新聞』 一八四九年五月一五日


『新ライン新聞、政治経済評論』 第一号、一八五〇年一月
カール・マルクス「フランスにおける階級闘争 一八四八年から一八五〇年まで」 第一編
一 一八四八年六月の敗北 一八四八年二月から六月まで
フリードリヒ・エンゲルスドイツ国憲法戦役」 序章、第一章、第二章
一 ラインプロイセン
二 カールスルーニ
ブリント「バーデンにおけるオ―ストリア党とプロイセン党」


『新ライン新聞、政治経済評論』 第二号、一八五〇年二月
カール・マルクス「フランスにおける階級闘争 一八四八年から一八五〇年まで」 第二編
二 一八四九年六月一三日 一八四八年六月から一八四九年六月一三日まで
フリードリヒ・エンゲルスドイツ国憲法戦役」 第三章
三 プファルツ
マルクスエンゲルス「書評」
一 G・Fr・ダウマー『新世紀の宗教。箴言の組合せによる基礎づけの試み』全二巻、ハンブルク、一八五〇年
二 トリールのルートヴィヒ・ジーモン『すべてのドイツ国憲法戦士のためにドイツの陪審員に弁護の一言を呈す』、フランクフルト・アム・マイン、一八四九年
三 ギゾー『イギリス革命はなぜ成功したか? イギリス革命史講演』、パリ、一八五〇年
マルクスエンゲルス「評論 〔一八五〇年一―二月〕」


『新ライン新聞、政治経済評論』 第三号、一八五〇年三月
カール・マルクス「フランスにおける階級闘争 一八四八年から一八五〇年まで」 第三編
三 一八四九年六月一三日の結果 一八四九年六月一三日から一八五〇年三月一〇日まで
フリードリヒ・エンゲルスドイツ国憲法戦役」 第四章
四 共和国のために死ぬるこそ!


『新ライン新聞、政治経済評論』 第四号、一八五〇年四月
エンゲルス「イギリスの十時間労働法」
マルクスエンゲルス「書評」
一 トマス・カーライル編『近代論叢』、第一冊『現在』、第二冊『模範刑務所』、ロンドン、一八五〇年
二 市民コシディエール配下の前警備隊長A・シュニュ著『陰謀家』――秘密結社、コシディエール配下の警視庁、義勇兵団、パリ、一八五〇年
  リュシアン・ド・ラ・オッド著『一八四八年二月における共和国の誕生』、パリ、一八五〇年
三 『社会主義と租税』、エミール・ド・ジラルダン著、パリ、一八五〇年
マルクスエンゲルス「評論 〔一八五〇年三―四月〕」
マルクスルイ・ナポレオンとフルド」
マルクスエンゲルス「ゴットフリート・キンケル」
ヴィルへルム・ヴォルフ「「ドイツ国各地から」補遺」
ルイ・メナール「詩」


『新ライン新聞、政治経済評論』 第五・六合併号(最終号)、一八五〇年五―一〇月
カール・マルクス「フランスにおける階級闘争 一八四八年から一八五〇年まで」 第四編
四 一八五〇年の普通選挙権の廃止
フリードリヒ・エンゲルスドイツ農民戦争
一 〔ドイツの経済状態と社会階層構造〕
二 〔大反対派の形成とそのイデオロギー――ルッターとミュンツァー〕
三 〔一四七六年から一五一七年までの大農民戦争の先駆〕
四 〔貴族の蜂起〕
五 〔シュヴァーベン=フランケンの農民戦争〕
六 〔テューリンゲン、エルザス、オーストリアの農民戦争〕
七 〔農民戦争の諸結果〕
マルクスエンゲルス〔J・G・エッカリウスの論文『ロンドンにおける仕立業、別名、大資本と小資本の闘争』にたいする編集部の注〕
マルクスエンゲルス「評論 〔一八五〇年五―一〇月〕」
ヨハン・ゲオルク・エッカリウス「ロンドンにおける仕立業、別名、大資本と小資本の闘争」


エンゲルス「十時間労働問題」(小谷義次訳)

 労働者階級の代弁者たちは、これまで普通、自由貿易主義の中間階級、いわゆる「マンチェスター派」の議論にたいして、その学説の不道徳な、そして恥知らずで、利己的な性質に憤懣をあびせかけることだけに終始してきた。


マルクスエンゲルス「声明」〔『新ドイツ新聞』一八五〇年七月四日付、第一五八号〕(村田陽一訳)

 最後に、あなたが批判している論文そのもののなかで、『新ライン新聞〔政治経済評論〕』第三号、三二ページに、こう書いてあります。「この社会主義」(すなわち共産主義)「は、革命の永続宣言であり、階級差異一般の廃止に、階級差異の基礎であるいっさいの生産関係の廃止に、これらの生産関係に照応するいっさいの社会関係の廃止に、そしてこれらの社会関係から生じるいっさいの観念の変革に到達するための必然的な経過点としてのプロレタリアートの階級的独裁である。」
  * 本書、八九―九〇ページを参照。
            K・マルクス、一八五〇年六月


マルクス「フランスにおける階級闘争」(中原稔生訳)

この社会主義は、革命の永続宣言であり、階級差異一般の廃止に、階級差異の基礎であるいっさいの生産関係の廃止に、これらの生産関係に照応するいっさいの社会関係の廃止に、そしてこれらの社会関係から生じるいっさいの観念の変革に到達するための必然的な過渡点としてのプロレタリアートの階級的独裁である。


エンゲルスドイツ農民戦争」(伊藤新一・土屋保男訳)

 今日のわが自由主義者の前身である市民的反対派は、比較的豊かな中間の市民と、地方の事情によって大小の差はあるが、一部の小市民とをふくんでいた。


マルクスエンゲルス「評論 〔一八五〇年五―一〇月〕」(石堂清倫訳)
『新ライン新聞、政治経済評論』 第五・六合併号

新しい革命は新しい恐慌につづいてのみ起こりうる。しかし革命はまた、恐慌が確実であるように確実である。

彼らにとっては、革命とは一般に現存の政府を倒すことにすぎず、この目的が達せられると、「勝利なるもの」がかちとられたことになる。そうすると運動、発展、闘争がやみ、そのとき支配しているヨーロッパ中央委員会の庇護のもとに、ヨーロッパ共和国と、永続宣言をされた無為の黄金時代とが始まる。

ロンドン、一八五〇年一一月一日


マルクス「一八四八年一一月四日に採択されたフランス共和国憲法」(村田陽一訳)
『ノーツ・トゥー・ザ・ピープル』一八五一年六月一四日付、第七号

完全な自由を約束し、もっともうるわしい原則を定め、そしてそれらの原則の適用、細目を「将来の法律」の決定にまかせるというこの策略、これをオーストリアプロイセンの中間階級は、フランスの手本からとりいれた。

すなわち、中間階級は、口さきでは民主主義的でありうるが、実際に民主主義的となることはないであろう、ということ――彼らは、原則の正しさを承認するであろうが、その原則を実行に移すことはけっしてないであろう、ということ――、フランスの真の「憲法」は、われわれが以上に伝えた憲章にもとづいて制定される組織法、われわれがいま読者にそのあらましを伝えた組織法に、求めなければならない、ということである。

中間階級が人民を恐れ、応報の日をおくらせるために、全力をふりしぼっていることに、不思議があるだろうか。だが、中間階級は仲間割れをしている。

このあとの場合にはカヴェニャックが大統領となって、中間階級の共和制が完成されるであろう。

中間階級はナポレオンの敵である。

しかし、ナポレオンは、弾圧の下手人という汚名をそっくり中間階級の肩に転嫁することができれば、重大な障害が一つとりのぞかれるであろう。

ナポレオンのゲームは、最初は人民を中間階級にけしかけ、ついで中間階級を人民にけしかけ、またこの両者にたいして軍隊を利用することであろう。


エンゲルスカール・マルクス『フランスにおける階級闘争、一八四八年から一八五〇年まで』(一八九五年版)への〕「序文」(中原稔生訳)

すなわち、一八四七年の世界的商業恐慌が、二月と三月の革命のほんとうの生みの親であったこと、そして一八四八年の半ばからだんだんに回復し、一八四九年と一八五〇年に全盛に達した産業の好況が、あらたに強化したヨーロッパの反動を活気づけた力であったということである。それは決定的なことであった。最初の三論文(『新ライン新聞、政治経済評論』一月、二月、三月号、ハンブルク、一八五〇年)には、まもなく革命のエネルギーがあらたに高揚するだろうという期待がまだ全文に見られるが、最後の一八五〇年秋発行の合併号にマルクスと私が執筆した歴史的概観(五―一〇月)のなかでは、すでにきっぱりとこうした幻想を捨てている。「新しい革命は新しい恐慌につづいてのみ起こりうる。しかし革命はまた、恐慌が確実であるように確実である」と。

ロンドン、一八九五年三月六日
                    F・エンゲルス


エンゲルス「『ドイツ農民戦争』(一八七〇年および一八七五年版)への序文」(村田陽一訳)

 わが国の大ブルジョアは、もう一八七〇年だというのに、まだ一五二五年の中間市民とそっくり同じ行動をとっている。

ドイツの労働者が今日彼らの労働組合、協同組合、政治団体、集会で、また選挙のさいや、いわゆる帝国国会内で演じている役割を見ただけで、ドイツがこの二〇年間に人知れずどんな変革をこうむったかがわかる。

ロンドン、一八七四年七月一日
            フリードリヒ・エンゲルス