柄谷行人を解体する

批評家・柄谷行人を―カント、マルクスを視軸にして―読む

東浩紀『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル』講談社

柄谷行人を解体する」は、「批評空間」第IV期であり
2ちゃんねる柄谷行人を解体する」は集合知である。


東浩紀『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル』講談社

 フロイトによれば、抑圧された欲望は夢として回帰する。

何度も繰り返しているように、本書の出発点は、近代の政治思想が抑圧したルソーの「夢」が、情報技術の世界において思わぬかたちで回帰している、そのダイナミズムへの注目にある。

実際、似たようなことは、フランスのジャック・デリダも、日本の柄谷行人も別の表現で述べている(ローティのアイロニーを、デリダであれば「歓待の論理」と、柄谷であれば「ヒューモア」と呼ぶだろう)。

彼のアイロニー論は、デリダの歓待論や柄谷のヒューモア論と異なり、社会設計の指針として読めるところがある。

だから、データではなくひとを通路として利用すれば、ぼくたちの社会的・文化的想像力は、いかにデジタル化とカスタマイズ化が進んだとしても、決して完全に島宇宙に分かれることはない(ちなみにうるさがたの読者のため付け加えておけば、これは哲学的には柄谷行人の「固有名」の問題と、ネットワーク理論的にはワッツとストロガッツの「スモールワールド」の問題と関係していると思われる)。