テオドール・W・アドルノ『自律への教育』 (中央公論新社)
テオドール・W・アドルノ『自律への教育 講演およびヘルムート・ベッカーとの対話 一九五九〜一九六九年』
(ゲルト・カーデルバッハ編、原千史+小田智敏+柿木信之訳、中央公論新社)
市民社会はあまねく交換法則のもとにあり、交換とは計算上で「等価なものどうし」で行われ、その際に本来何一つ後に残らないものなのです。交換とは、その固有の本質からして、合理性(ラチオ)そのものと同じく、没時間的なものであり、数学の演算が、その純粋形式からして時間という契機を切り離しているのと同様なのです。
マルクス「フランスにおける内乱」
『マルクス=エンゲルス全集 第十七巻』(村田陽一訳、大月書店)
労働者階級は国家という既成の仕掛けを単純に摑みとることができるだけでなく、それをみずからの目的に合わせて巧みに扱うことができる。
社会化された人間、協同組合的に組織された生産者、自然との物質的交換を理性的に制御し、それらを盲目的な力として抑え込むことを許すのではなく、共有された制御の下に置くこと。
永遠に共有の所有権というの土地(環境)の理性的な耕作(育成)は、人間という種の存在とその後続する世代の連鎖の再生産の、疎外することのできない条件である。
人類と[自然]は絶えず交換し合う関係を維持しなければならない。
テリー・イーグルトン『なぜマルクスは正しかったのか』(河出書房新社)
民衆による自治に対応するマルクスによる主要モデルは一八七一年のパリ・コミューンだった。わずか数ヶ月のこの騒々しい時期、フランス資本下の労働民衆はみずからの運命を己の手中に握ったのだ。
産業資本主義に対する批判の一環として、マルクスは廃棄処分・森林破壊・河川汚染・環境を侵す毒素・空気の質などを論じている。
絓秀実『革命的な、あまりに革命的な』(作品社)
七〇年代に入ってからは、柄谷行人がそこ(日本読書新聞の読書ライター)に付け加えられた。柄谷が「意識と自然――漱石試論」で群像新人賞を受賞したのが六九年である。「読書ライター」という概念が崩壊していくのは、私見によれば、一九七三年、「安岡章太郎論」を雑誌「海」に発表した蓮實重彦が本格的に同紙に登場し、柄谷が「マルクスその可能性の中心」を雑誌「群像」に連載(一九七四年)した後、最初のアメリカ「留学」から帰国する七六年あたりのあいだを契機としている。柄谷行人は最後の「読書ライター」であり、なおかつ、そのコンセプトの最初の破壊者であった。
一九六九 昭和44年 6 柄谷行人「意識と自然――漱石試論」
一九七二 昭和47年 10・23 北海道旭川市常盤公園内『風雪の群像』、
北大文学部アイヌ文化資料室で爆弾爆破