柄谷行人を解体する

批評家・柄谷行人を―カント、マルクスを視軸にして―読む

田原総一朗「福島原発を襲った「二つの合併症」」 潮2011年6月号

田原総一朗福島原発を襲った「二つの合併症」」 潮2011年6月号

 僕はソフトバンク孫正義さんと一緒に、福島原発の原子炉格納容器の設計に携わった後藤政志さんと、原子炉圧力容器の設計に携わった田中三彦さんに話を伺った。
 設計当時に現場の最前線にいた二人に「設計中に安全性について考えたことはなかったのか」と聞くと、田中さんはこう答えた。
「はっきり言って考えていなかった。どう設計するかとか、数値の計算とか、そういうところにしか関心がなかった。仕事の面白さに没頭していましたね」


宮崎駿 朝日新聞

「僕たちの島は繰り返し地震と台風と津波に襲われてきた。しかし、豊かな自然に恵まれている。多くの困難や苦しみがあっても、より美しい島にしていく努力をするかいがあると思っている。今、あまりりっぱなことを言いたくはないが、僕たちは絶望する必要はない」


梅原猛「「文明災」を乗り越え新たな文明創出のとき。」 潮2011年7月号

 新しい文明を考える上で、もう一つのキーワードになるのが「太陽」だ。先述の「草木国土悉皆成仏」の考え方の背後には太陽があると思う。
 吉村作治さんと一緒にエジプトを訪ねたことがあるが、古代エジプトの神は「ラー(太陽神)」である。農耕は太陽がなければ成り立たない。日本でもアマテラス(天照大神)で、やはり太陽神である。
 おもしろいことにギリシャイスラエルは太陽の神ではない。海を移動したり遊牧をする民族にとっては、太陽の神よりも星の神のほうが重要だったのかもしれない。
 密教大日如来も文字どおり太陽だし、親鸞阿弥陀は光であると言った。日蓮もまた、法華経を太陽と見て名乗ったのだと思う。
 太陽というのは、すなわちすべての生命を等しく育む「慈悲」なのである。なにも太陽を拝みましょうという話ではなく、「草木国土悉皆成仏」の思想の背後にある、万物を育んでいく宇宙の根源的な慈悲を考えようということだ。

 私の父(梅原半二氏/工学博士)はトヨタ自動車の中央研究所長をしていたが、一九七二年当時に、これからの時代は太陽光エネルギーの時代になるということを書いていた。

 もちろん、今すぐに「脱原発」といっても難しいが、何年かかっても日本も世界も「脱原発」の方向に入っていくことになるだろう。それに代わるのは、太陽エネルギーであり、水力、風力、地熱といった自然のエネルギーになるのだと思う。
 デカルトに始まる近代文明は終焉せざるを得ない。その先には、自然との共生、利他、慈悲といった思想に裏打ちされた”太陽の恩恵を受ける文明”が始まらなければならない。


三島由紀夫戦後民主主義とそこから生ずる偽善」 サンケイ 昭和四五年七月七日

「無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう」


猪瀬直樹「リーダーシップとは「言葉の力」。」 潮2011年7月号

 百人一首には、八六九年に起きた貞観地震津波が出てくる。清少納言の父親・清原元輔は、次の一首を残した。「契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波越さじとは」。


百人一首とは、100人の歌人の和歌を、一人一首ずつ選んでつくった和歌集(詞華集)。
中でも、藤原定家が京都・小倉山の山荘で選んだという小倉百人一首は歌がるたとして広く用いられ、通常、百人一首といえば小倉百人一首を指すまでになった。
定家の日記『明月記』の文暦2年5月27日(ユリウス暦1235年6月14日)の条には、「古来の人の歌各一首」を書き送った旨の記述がある。ただしこのとき書き送った物が『百人一首』であったという確証はない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E4%BA%BA%E4%B8%80%E9%A6%96


テンペスト
 ナポリ王と息子、弟、ミラノ大公の乗った船が嵐で難破。命からがら漂着した孤島には、かつて彼らが陰謀を図って追放した前ミラノ大公プロスぺラが暮らしていた。実は嵐を起こしたのは王たちへの復讐に燃え、いまや魔女となったプロスぺラだったのだ。
http://www.tfc-movie.net/tempest/


斎藤環「人と人との「つながり」を結べ。」 潮2011年8月号

日本中が結束せざるをえない状況にあるなかで、終戦直後にみられた「災害ユートピア」的な状況が、広範囲で起こっています。もちろん、「災害ユートピア」といっても一時的な結束にすぎず、インフラが回復して日常生活が戻れば、またバラバラになる程度のものかもしれない。


原信子「脳科学からみた”祈り”の意味。」 潮2011年9月号

怒り、妬み、恐れ、不安といったネガティブな感情を持つと、脳内では「コルチゾ―ル」という物質が分泌されます。コルチゾールは生体に必須のホルモンですが、脳内で過剰に分泌されると海馬が委縮してしまうことが、研究でわかっています。海馬は短期記憶を司どる部位で、その委縮は記憶力の低下につながるほか、神経細胞の接続を妨げるなど、脳にさまざまな悪影響が出てきます。

 では、ポジティブな祈りは脳にどのような影響を与えるのでしょうか。まず、「β‐エンドルフィン」や「ドーパミン」など、「脳内快感物質」と呼ばれる一連の物質を分泌させる効果が挙げられます。
 脳内快感物質とは、脳内で機能する神経伝達物質のうち、多幸感や快感をもたらす物質を一般的に総称した用語です。たとえばマラソンで長時間走り続けると気分が高揚してくる「ランナーズ・ハイ」と呼ばれる現象がありますが、これはβ‐エンドルフィンが脳内に分泌されるために起こると考えられています。

またβ‐エンドルフィンは快感をもたらすほか、免疫力を高める、脳を活性化させるなどの効果ももっています。β‐エンドルフィンの分泌時には記憶力が高まり、心理的にも共感力が高まることが、実験の結果明らかになっています。

 たとえば、スポーツなどの勝負事に勝ちたいという祈りはポジティブな祈りですが、一歩間違うと「ライバルを蹴落とし、叩きのめしたい」という攻撃性に祈りの力点が置かれてしまいます。その場合、脳内に分泌される快感物質は、β‐エンドルフィンではなくドーパミンが主となります。ドーパミンとは、アドレナリンやノルアドレナリンの前駆体(それが生成される前段階の物質)で、攻撃性や過剰な興奮と関係が深いのです。たとえば、ある種の覚せい剤には、ドーパミンの放出を促進させることによって快感と興奮をもたらす効果を発揮するものがあります。

β‐エンドルフィンが脳と心によい影響を与えるのに対し、ドーパミンは脳と心にとって毒になる面もあります。たとえば、統合失調症の陽性症状(幻覚・妄想など)は、脳内のドーパミン過剰が原因だという説もあり、ドーパミン過剰がもたらす快感は、脳によいものではありません。

 β‐エンドルフィンと同じように、脳や心にプラスの影響を与える物質に、「オキシトシン」というホルモンがあります。愛おしさの感情とともに分泌されていることから、「愛情ホルモン」との別名をもつ物質です。たとえば夫婦や恋人同士のスキンシップや、母親が赤ん坊に授乳しているときなどに、大量に分泌されることがわかっています。
 我が子に母乳を与えている母親のオキシトシン分泌量を調べ、そのときの記銘力(記憶力のうち、新しいことを覚える力)の変化を調べた実験があります。それによれば、母乳を与え、オキシトシンが活発に分泌されているときには、母親の記銘力も有意に向上しました。β‐エンドルフィンが記憶力や共感力を向上させるように、「愛情ホルモン」たるオキシトシンも、脳の活性化につながっていきます。ちなみにオキシトシンは、父親が我が子を愛おしく思うときにも分泌されています。