柄谷行人を解体する

批評家・柄谷行人を―カント、マルクスを視軸にして―読む

コーラン、旧約聖書、新約聖書

山本芳久「真理の開示の形式としての「スコラ的方法」――トマス・アクィナスの感情論を手がかりに――」
イスラーム哲学とキリスト教中世 I 理論哲学』(岩波書店

というのも、『クルアーン』の中には、旧約聖書新約聖書に登場する数多くのメッセージが微妙な変容を加えられながら登場するのであり、しかも、そのさいに、旧約聖書新約聖書は神の元来のメッセージを歪めているということが同時に主張され、自らのメッセージこそが神の本来の直接的なメッセージであるということが主張される。