柄谷行人を解体する

批評家・柄谷行人を―カント、マルクスを視軸にして―読む

交換不可能な生産諸様式

エスの養父ヨセフも吉本隆明の父も大工であったという。


吉本隆明
実家は熊本県天草市から転居してきた船大工で、貸しボートのような小さな船から、一番大きいのは台湾航路で運送の航海をするような船を作っていた。http://t.co/Tw3f32F6


ナザレのヨセフないしイオシフは、新約聖書に登場するマリアの婚約者、夫にしてイエスの養父。職業は大工であったという。http://t.co/uNYxOMuQ


キリスト(前4-28)
神の子が受肉して人となった、真の神であり真の人である救い主として信仰の対象となっている。マルコ伝は神の子イエス・キリストと呼び、この結合表現は新約の他の文書でも用いられている。イエス・キリストはただ一人の神の子である。http://t.co/Dnt8Zu9O


記紀神武天皇が紀元前7世紀頃の西方の人とされているのは
記紀の編者が神武天皇ブッダと同一視しようとしたからではないかと思う。
記紀は仏教が盛んになった奈良時代に成立したと言われる。
また、神武天皇はキリストのように神の子と言える。
聖徳太子の説話ばかりでなく、記紀神話の記述にも
キリスト教の影響があるのだろうか。


神武天皇(前711年 - 前585年)は、日本神話に登場する人物で、日本の初代天皇である。 日本書紀によると、天皇在位は辛酉年(神武元年)(前660年)- 神武76年(前585年)。
日本書紀』によると、甲寅の歳、45歳のとき日向国の地高千穂宮にあった磐余彦は、兄弟や皇子を集めて「天孫降臨以来、一百七十九萬二千四百七十餘歲が経ったが、未だに西辺にあり、全土を王化していない。
辛酉の歳(神武天皇元年・紀元前660年)の正月、磐余彦は橿原宮践祚され、始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)と称した。52歳であった。
http://t.co/smsQcGmV


釈迦(紀元前463年? - 紀元前383年?)は、仏教の開祖である。http://t.co/UAP7x04Y


ヘーゲル精神現象学』(一八〇七年)

良心

 特定の正義に忠実なのが真の良心なのでなく、共同的存在であろうとするところに真の良心がある。二つの正義が対立し争いあうとき、両者が和解することができるとすれば、それは双方に共同的存在であることの自覚が生まれ、そして共同的存在であろうとする意志を互いに確認しあうことによるのだ。



アントニオ・ネグリスピノザとわたしたち』(信友建志訳、水声社

 「政治的なもののアウトノミー」なるこのスローガンが言わんとしていたのは、(過去においては)闘争の自己制約、(現在においては)「乗り越えられてはならぬもの」、つまりは自己の内部におのれに固有の制約をもつもの(根源悪? 乗り越え不能な本源的蓄積? 交換不可能な生産諸様式あるいは諸様態?)というテーマ設定の再提出、これら以外のなんであったと言うのだろう?