柄谷行人を解体する

批評家・柄谷行人を―カント、マルクスを視軸にして―読む

イナバウアーするビヨンセよりも

sasaki_makoto2006-09-04

DESTINY'S CHILDなどの曲を聞いててしんどいなのは
僧侶の読経に似ているからだと気付く。
SURVIVERを聞けば。

ソウル・ミュージックが全て
そうではないと思うのだが…。


ホッブズがいうマルチチュードとは、
多数決で一つの意見に集約された群集のようだ。

コモンウェルスといわれれば馴染みがある。



ホッブズリヴァイアサン』(岩波文庫

このことがおこなわれると、こうして一人格に統一された群集は、コモン−ウェルス、ラテン語ではキウィタスとよばれる。

注(ラテン語版との比較)

「こうして一人格に統一された群集は」→「この群集Multitudoが単一の人格なのであり」