柄谷行人を解体する

批評家・柄谷行人を―カント、マルクスを視軸にして―読む

ジャック・クーネン=ウッター『トクヴィル』(文庫クセジュ)

sasaki_makoto2012-03-03

ジャック・クーネン=ウッター『トクヴィル』(三保元訳、文庫クセジュ

トクヴィルは「民主的専制主義」の対処療法は連合関係的生活、中間権力の強化、報道の自由、宗教意識の喚起だと考えた。

すなわち、アメリカの地方公共団体トクヴィルには「二次的権力」あるいは中間的機関の概念に関与するものであり、それは嘆かわしいことにフランス版の現代性には欠けているものだ、とトクヴィルはいう。

中間的な権力が崩壊し、地方の自由が失われていくに従って、ブルジョアと貴族が公式の場で接触する機会がなくなっていった。

全般的な均等化は社会組織の骨格を形成していた中間集団の衰退を招いた。

端的にいえば、中間的集団の廃止と社会組織の細分化の文脈のなかでは、市民は利害や信条を護るためにみずからを組織することは困難だと感じる。

彼は個人主義への傾斜に気づいて、無関心や公徳心の衰退、私生活への自閉などのような悪影響を推し量り、こうした状況を補完するにはどのようなメカニズムがあるかを考えている。また、新しい形の貧困がもたらす脱落の危険についても敏感である。トクヴィルは土地所有権をいまだかつてなかった形の専制主義に対する最後の砦と考えていたから、この権利に手をつけることは拒否する姿勢だったが、相互扶助という旧来の形態の代替としての社会政策を制度化する必要は認めていた。ところで、こんにち見られる社会的絆の崩壊が、トクヴィルが経験した危機ほど重大ではないと考える理由はまったくない。給与生活者が一般化して、現代性の最大の特徴のひとつだとされているが、はたしてこのままの状態がつづくのだろうか。これらの疑問は、形こそ新しくなってはいるが、トクヴィルにとっての基本的な問題と重なる。すなわち、社会的結合の基盤、変化のなかでの最低の安定性の条件、自由と平等の弁証法などが、それだ。しかし、トクヴィルにも私たちにも、明日がこんにちよりもよくなるという確証はない。

トクヴィル略年譜

一八三一‐一八三二年

カナダにも足をのばして、ケベックではフランス人共同体を発見して少なからず驚き、また五大湖とナイアガラの滝を見物してアレクシスは「原始の自由よ、私はいま、ようやく、君を見出した」と叫ぶ。

メンフィスでは、インディアン部族が故郷を捨てて移住しているのに出会い、その移住の理由が「自由であるため」というのを聞いてアレクシスはインディアンの悲しい現実を知る。