柄谷行人を解体する

批評家・柄谷行人を―カント、マルクスを視軸にして―読む

国家の為に

小林秀雄「文学と自分」

 戦が始まつた以上、何時銃を取らねばならぬかわからぬ、その時が来たら自分は喜んで国家の為に銃を取るだらう、而も、文学は飽く迄も平和の仕事ならば、文学者として銃を取るとは無意味な事である。(『中央公論』一九四〇年)

 戦が始まつた以上、何時銃を取らねばならぬかわからぬ、その時が来たら自分は喜んで陛下の御為に銃を取るだらう、而も、文学は飽く迄も平和の仕事ならば、文学者として銃を取るとは無意味な事である。(『歴史と文学』一九四一年)

 戦が始まつた以上、何時銃を取らねばならぬかわからぬ、その時が来たら自分は喜んで祖国の為に銃を取るだらう、而も、文学は飽く迄も平和の仕事ならば、文学者として銃を取るとは無意味な事である。(一九五五年ごろ)


大伴家持

 吾王(ワガオホキミ) 皇子(ミコ)の命(ミコト) 萬代に 食(ヲ)し賜(タマ)はまし 大日本(オホヤマト) 久邇の都は


上記の長歌は、万葉集の原文でも「大日本」が使われているのだろうか。
古代、現在の奈良地方は、まず中国で当時の日本を示す「倭」(ヤマト)と表記され
その後、続日本紀で「大倭」(オオヤマト)となっている。
三国史記によれば、670年に倭は国号を日本に変えたという。
「大倭」(オオヤマト)から「大和」(ヤマト)に
文字・読み方が同時に変わったかは分らない。
日本で7世紀後半から地方の国名を
2文字に統一していった事と関連があるかもしれない。
 紀→紀伊
 泉→和泉
 火→肥前・肥後
 倭→大倭?


中国の福建省泉州に対して和泉としたのだろうか。
泉州から日本の和泉に人が渡ってきたのかと考える。
和泉国 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E6%B3%89%E5%9B%BD

木→紀伊が正しいらしい。
木の国、火の国、泉の国は神話・伝説的な感じがする。
神話・伝説の隠蔽という事か。
http://www.city.izumi.osaka.jp/entry.aspx?id=9