柄谷行人を解体する

批評家・柄谷行人を―カント、マルクスを視軸にして―読む

法文の建て物

先日、バルガス=リョサの講演を見たのは
東京大学・法文2号館だった。


小島信夫批評集成 2変幻自在の人間』(水声社

やはり学生は、そうたくさんではないが、安田講堂や法文の建て物にたてこもっていた。

『セブンティーン』(大江健三郎)についていうと、自瀆行為のことを堂々と書いて、自瀆行為なんてことは言葉自体が悪いんだけど、当然といえば当然のことなんだが、つまりそれをほかの人は書かなかった。陰微なる話の話題にしかならなかったことを、十七歳の浅沼さんを殺したあの少年、右翼の少年の話と結びつけて、そしてこの自瀆行為に耽っていた情けない劣等感で悩んでいる少年が、なんかのきっかけで赤尾敏さんみたいな人に惚れ込まれて、それで立ち直って逆に激しい右翼の制服を着る。

とにかく、自瀆行為のことをそういうように麗々しく書いたものは初めてだった。


1956年 石原慎太郎太陽の季節」 新潮社 芥川賞
1957年5月 大江健三郎「奇妙な仕事」 東京大学新聞
1958年1月 大江健三郎「飼育」 文学界 芥川賞
1966年5月 柄谷行人「思想はいかに可能か」 東京大学新聞
1967年5月 柄谷行人「新しい哲学」 東京大学新聞
1969年6月 柄谷行人「<意識>と<自然>」 群像