柄谷行人を解体する

批評家・柄谷行人を―カント、マルクスを視軸にして―読む

夏目漱石「明治四十、四十一年断片四D」

夏目漱石「明治四十、四十一年断片四D」『漱石全集』第一九巻、岩波書店

 文芸ハ (1)representation of(吾)(2)representation of(物)トナル。シカシ(1)モ(2)モrepresentセラレルモノトrepresentスルモノトガナケレバナラヌ。シタガッテ(1)ハ(吾)対(吾)トナリ(2)ハ(吾)対(物)トナル。引キクルメテイエバ(吾)対(吾モシクハ物)トナル。文芸ノ流派ハコノ対ノ一字ヲ研究スレバ足ルコトトナル。


坪内逍遥小説神髄』松月堂、『坪内逍遥集 明治文学全集16』筑摩書房、『逍遥選集 別冊三巻』第一書房

 何となれバ、我党が将来永遠に企図する所のものハ、宇内の万国を一統して一大共和国の有様となし、およぶべくだけ風俗をもまた政体をも国語を統一ならしめんと望むにあり。


田中希生『精神の歴史』(有志舎)

 たとえば、アンダーソンに賛意を示して、「近代文学」を国民国家形成に結びつける柄谷は、言文一致運動を「内面の発見」として把握する。彼は、とくに演劇の重要性を指摘して、『日本近代文学の起源』(一九八〇年)で次のようにいっていた。

  「演劇の改良」や「詩歌の改良」は、共時的に「言文一致」の運動のなかに入るのであり、またそのようにみるかぎりで、「言文一致」の運動の性質を理解しうるのである*25。

 柄谷のこの意見は同意できる。

 たしかに、演劇改良運動は、言文一致運動と平行して起こっているし、柄谷の指摘は的確である。

 彼はこの観点から次のような議論を展開する。「それまでの観客は、役者の『人形』的な身ぶりのなかに、『仮面』的な顔に、いいかえれば形象としての顔に、活きた意味を感じとっていた。ところが、いまやありふれた身ぶりや顔の”背後”に意味されるものを探らなければならなくなる」「『内面』ははじめからあったのではない。それは記号論的な布置の転倒のなかでようやくあらわれたものにすぎない*27」。

 たんなる民主主義であり、世界共和国である。

*18 柄谷行人『定本柄谷行人集1 近代日本文学の起源』岩波書店、二〇〇四年、七〇頁。「日本の『言文一致』運動が何をはらんでいたかはすでに明瞭である。くりかえしていうように、それは形象(漢字)の抑圧である」。彼は前島密の「国字国文改良ノ議」(一八六六年一二月、徳川慶喜に建議されたもの)において、漢字廃止を議論していたことを根拠としている。

*22 アンダーソンの主張する想像力の概念を、とりわけカント的なもの(Einbildungskraft)として強調しているのは柄谷行人である。この観点は、たとえば彼の近著『世界共和国へ』(岩波新書、二〇〇六年)において次のように一般化されている。「カントの考えでは、感性と悟性は、想像力によって総合されます。しかし、いいかえると、それは、感性と悟性は想像的にしか総合されないということです」(一七三頁)。悟性(国家)と感性(市場経済)をつなぐものとして、想像力(ネーション)が規定され、これら三つの要素は、いわゆる「ボロメオの環」を構成しているという(一七四―八頁)。
*23 また、柄谷は最近、アンダーソンの観点から『近代日本文学の起源』(講談社、一九八〇年)を改稿(前掲『定本柄谷行人集1 近代日本文学の起源』)している。

*25 柄谷行人日本近代文学の起源講談社、一九八〇年(文芸文庫版、六五頁)。この一節は、後に出た定本版では削除されている。

*27 前掲柄谷『日本近代文学の起源』(定本版)、五〇頁。文芸文庫版、六九頁。

*31 四迷の言文一致のスタイルが、翻訳によってもたらされたことに、柄谷行人も注目し、それまでなかった「逐語訳」の試みとして評価する(前掲柄谷『近代日本文学の起源』〈定本版〉、八六―九五頁)。加えて柄谷は、四迷の翻訳した小説が、ツルゲーネフのようなリアリズム小説だったことを問題視し、こうしたリアリズムが「三人称客観描写」の手法につながること、そしてこの描写法が国民国家に結びつくことを示唆する。

*32 『日本近代文学の起源』初版(一九八〇年)で「た」体に言文一致の完成をみていた柄谷も、絓の指摘をうけ、定本版(二〇〇四年)では、「である」体にそれを認めている(三一三頁)。

*47 逍鷗論争を論じたものに、折口信夫「逍遥から見た鷗外」『文芸評論』一、一九四八年一二月(『折口信夫全集』第三二巻、中央公論社、一九九七年)、正宗白鳥「没理想論争」『文學界』一九五一年四月、前傾臼井『近代文学論争』、谷沢永一『明治期の文芸評論』八木書店、一九七一年、同『文豪たちの大喧嘩――鷗外・逍遥・樗牛』新潮社、二〇〇三年、前掲柄谷『日本近代文学の起源』、絓『日本近代文学の〈誕生〉』など、無数にある。

*29 柄谷行人『定本柄谷行人集1 近代日本文学の起源』岩波書店、二〇〇四年、五八―九頁。言文一致体を国民国家と結びつけている柄谷は、当然、この文体を躊躇なく駆使する藤村を評価していない。

*34 前掲柄谷『日本近代文学の起源』(定本版)三四―九五頁。


大澤真幸『〈世界史〉の哲学 古代篇』(講談社

 現在、人類が直面している社会問題、緊急に解決が要求される社会問題は、三点に集約される*4。

4 柄谷行人『世界共和国へ』岩波新書、二〇〇六年、二二四頁。